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2008年11月12日水曜日

韓国流頭行事

中国朝鮮族「流头节」 の続報として掲載します。それゆえに、「中国朝鮮族「流头节」」をお読みの後、本投稿を読みください。
韓国文化広報部文化財管理局『韓国の民俗体系ー韓国民俗総合調査報告書ー第二巻 全羅北道篇』1988年、517頁に、「流头节」に関連する記述があった。「益山」村での「ユドゥ(流頭)」という行事だ。益山では、旧暦六月十五日、「婦人が髪を洗う」とあるだけだ。記述を読む限りでは、間違いなく水田を中心にした農耕儀礼だ。別の場所では、「ヨンシュンヂェ(竜神祭)」ともいうらしい。竜神は中国朝鮮族の「流头节」でも出てくる。竜神は水の象徴して登場する。そして、これらの行事は「七夕」の行事との関連性があるようだ。記述が少ないという事は、聞き取り調査の可能性もあり、現在、執行されているかどうかは定かではない。ドイツ本国では、すでに消滅した習俗が、米国のドイツ移民の村では、現在も息づいている事と同様の現象かもしれない。朝鮮半島では、口承で伝承されるのみだが、満州に移住した朝鮮民族によって、現在も盛大に行われているという事だ。行事の目的、意味については、私が推察した通りだった。
日本では、夏季における「疫病」「害虫」の問題から、五月頃から八月頃まで、水を象徴した行事が全国各地で行われている。前記事でも記述したように「祓い」という象徴を強調したものだ。そして、都市域の「疫病除け」、農村域の「害虫除け」と、意味こそ違え、地域差を問わず広く分布している。韓国の「流頭」行事は、農村域、水田耕作に限定しているようだ。
日本の場合、水田は、地面を開墾する畑とは違う耕作方法だ。簡単にいうと、浅く広い「池」に土と水を入れて、そこに稲を植える。しかも直播ではない。苗床で育てた稲を「田植え」するという手間のかかる耕作方法だ。そこで、水田耕作で一番重要なことは何か。「灌漑設備」を作ることだ。灌漑用水を田に供給する設備がなければ、どうにもならないのが日本の水田耕作だ。賢明な読者は、ここで理解するだろう。「灌漑設備」「灌漑用水」の設置は、一家族の力では到底無理な作業だ。大勢の人手がかかる。すなわち、共同作業が必要になる。日本の地縁、共同体意識は、灌漑設備を伴う水田耕作から培われた一面が大きい。さて、韓国の水田耕作はどうだったか。灌漑設備はなく「天水」に頼る耕作方法が大部分だった。ゆえに、「流頭」行事は、夏場に向かって、「害虫除け」もさることながら、「水の確保」というものが最重要になる。すなわち、竜神が登場することになる。そうであれば、旧暦六月十五日、満月の日に行われる行事は、農村域、水田耕作民にはかなり重い行事なる。それなら、現在でも韓国各地の農村でも行われているはずだ。私が見逃すはずがない。見逃したのは、「流頭」行事が消滅の一途を辿ったからだ。理由は、朝鮮半島の水田耕作の歴史の中にありそうだ。
1910 年、日韓併合後の朝鮮総督府が行ったもっとも重要な政策がある。それは、以下の通りだ。ウィキペディア「朝鮮総督府」から引用する。
日本は朝鮮の農地にて、水防工事や水利工事をし、金融組合や水利組合もつくったことで、朝鮮農民は安い金利で融資を受けることができるようになり、多大な利益をもたらすようになったとする研究者もいる。大地主である朝鮮人は、生産性が上がり日本へ米を輸出できるようになったことで多額の儲けを得ていた。その代表例はサムスングループの創始者である李秉喆である。彼は慶尚南道の大地主の次男として生まれ、米の輸出で得た多額の資金を元手に1938年に大邱にて三星商会を設立し、これがのちのサムスングループに発展していった。
すなわち、それまでの、自然現象の天水に頼っていた朝鮮半島の水田耕作に、人工の「灌漑設備」を導入したことだ。このことで、「水田用水」の恒常的な安定が得られる。当然、稲の収穫が安定し、以前に比較して、膨大な収穫量を得ることになった。1910年から1943年の間に、たった 33 年間で人口が倍増したことでも、その凄さが理解できよう。すなわち、朝鮮総督府は、朝鮮半島の水田耕作に、灌漑設備を導入した。結果、人口、収穫量、収入が倍増した。これが歴史としての朝鮮半島の事実だ。
さて、ここで主題の「流頭」行事についてみてみよう。農地改革が進めば進むほど、天水に頼っていた従来の耕作方法が消滅していく。当然のように、「流頭」行事は消滅の一途を辿っていく。一方、中国朝鮮族は現在でも「流头节」行事が盛んだ。理由は推測できる。朝鮮民族の中国移住は、日韓併合前後から始まる。移住した大部分の人びとは、朝鮮半島で生活が困難になった人びとだ。このことは現在の中国朝鮮族からも聞けることだ。彼らは、朝鮮半島の農地改革の恩恵にはあずかっていないようだ。なおかつ、当時の満州は、開拓の時代だ。朝鮮半島の伝統的水田耕作方法が持続したものと思われる。
この記事は、中国サイトで見つけた写真が元になっている。一枚の写真、一片の言葉の重要性が痛感できる。なお、朝鮮半島における。「血縁」「地縁」の問題は、後日、改めて、考えることにする。
普段は、一粒食べて、二度おいしい Blog ですが、今回は、一粒食べて、三度おいしい Blog にしました。上二枚なら、中国人も笑って済ます。しかし、一番下になると笑うだけでは済まされない。

<参照>
朝鮮総督府
平壤上演大型团体操《阿里郎》庆祝朝鲜建国60周年OCN 翻訳
写真多数掲載。「庆祝朝鲜建国60周年」ということは、今年ですね。北朝鮮は、この種の行事が出来るぐらい余裕があるという事です。もっと切羽詰ったら、出来るわけがない。
笑掉大牙的韩国史书——《大朝鲜帝国史》OCN 翻訳
図版多数掲載。中国の反韓、嫌韓の素のひとつ。妄想の塊。ハングル文字からの翻訳でしょうが、こんなサイトが有る限り、中国の反韓、嫌韓感情は消えないでしょうね。この Blog 韓国、朝鮮関係の記事が多いです。このページ以外も興味深い。

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